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第五章:運転席に座れない日々

「こっちは車がないと、生きていけませんよ」

渡米前、駐在経験者にそう言われたときは、少し大げさだと思っていた。でも今、その言葉の意味を日奈子は全身で感じていた。

ニューヨーク郊外・ハリソン。スーパーも病院も習い事も、すべては“車ありき”で回っている町。Uberでの買い物は余計なお金もかかるし、バスも電車も都心のようには整っていない。どんなに不安でも、運転免許を取らなければ暮らしていけない。現実がそう告げていた。

「まずは筆記からだね」

俊介がそう言ったとき、日奈子は小さく頷いた。内心、恐怖に似た緊張があった。英語の試験、見慣れぬ道路標識、右車線での運転。すべてが未知だった。

日奈子はFUJIドライビングスクールという、ニューヨークの日本人向け自動車学校のオンライン講座を受け始めた。画面の中では、流ちょうな日本語でアメリカの交通ルールが説明されていた。

「スクールバスが停まっているときは、どんな状況でも停止です。反対車線でも止まってください」

「右折禁止でも、州によって標識が違います。ニューヨーク州では“NO TURN ON RED”がない限り、赤でも右折可能です」

日本では考えられないルールに、メモを取りながら何度も再生した。俊介が帰宅すると、日奈子はその日覚えたことを一生懸命話す。

「ラウンドアバウトって、時計回りじゃないんだよ。逆!」

「へえ、知らなかった」

最初のうちは会話も楽しかった。でも、回を重ねるにつれて日奈子の表情は曇っていった。

「……なんで、こんなことまで英語でやらなきゃいけないんだろうね」

筆記試験はなんとか合格した。だが、問題はその先だった。日奈子はFUJIの提携する日本人教官から、実地練習を受けることになった。担当は、ニューヨーク在住30年という中年の男性。優しい人だったが、指導は厳しかった。

「右に寄りすぎ!バックミラー見てる?サイドだけじゃだめ!」

「今のカーブ、膨らんでるよ!それじゃ一発アウトだよ!」

助手席から飛んでくる指摘に、日奈子は冷や汗をかいた。慣れない車、慣れない右車線、そして何より英語の標識の意味が即座に読めない。

「毎回、“まちがってる”って言われるの、つらいね」

帰宅後、リビングのソファで日奈子がぽつりと言ったとき、俊介は何も言えなかった。

そして、実地試験の日がやってきた。場所はホワイトプレーンズ。日本人ブログでも「比較的受かりやすい」と言われている地域。試験場に向かう道中、俊介が励ます。

「大丈夫。ここで落ちる人、そんなにいないって」

「……そうだといいけど」

実地試験は一般道路で行われる。高速道路の高架下に止めてあるFUJI自動車教習所の車で待機。周りには日本人がおらず、外国を感じざるを得ない。外人の試験官が時間になったら乗り込んでくる。日奈子は一人で車の中で待機していた。車の中に俊介はいない。SSNの取得、VISA面接のときには、彼が隣にいた。でも今回は違う。

試験官は、外国人女性だった。体格のしっかりした中年の女性で、無表情のまま「Get in the car」と促される。

エンジンをかけ、深呼吸をし、走り出す。右折、左折、停車、バック。途中、ウィンカーを出すタイミングを間違えた瞬間、試験官はため息をついた。

「No. That’s not right…」

何を言われているのか、よくわからない。でも“怒っている”ことだけは伝わった。

英語の壁、運転への不安、他人の評価、すべてが重なり、日奈子の心は折れそうになった。

試験が終わり、車を降りると「You didn’t pass today」と一言。淡々と突きつけられた現実に、涙も出なかった。

その日、日奈子は俊介の顔を見ずに「落ちた」とだけ言った。俊介は、何も言わず夕食を作った。日奈子は黙ってホールピザをかじった。「悔しい」とも、「悲しい」とも言わなかった。ただ、テーブルの上の紙皿を見つめていた。

それでも日奈子は、あきらめなかった。

2回目、3回目、4回目……毎週のように再受験を繰り返した。予約を取るのも一苦労。しかも落ちるたび、予約の空き枠が少なくなり、予約がとれないことも多くなった。予約がとれないことにホッとする自分もいた。

5回目の朝、日奈子は静かに言った。

「これで受からなかったら、いったん諦めようかな」

しかし、今回の試験官はアジア系の女性で、口調も優しかった。少しだけホッとした日奈子は、ミスなく完走できた。試験が終わり、夕方5時を過ぎたころ、スマホに「Passed」の文字が表示された。

「……うかった」

声はかすれていた。でも、その頬には久しぶりの笑顔が浮かんでいた。

その週末、我が家に新しい車がやってきた。

ハリソンにある日本人経営の中古車センター。俊介がネットで調べると、日本人が経営する現地の駐在員がよく使うという店だった。TOYOTAのコンパクトSUV。元駐在員が乗っていたというその車は、走行距離も短く、状態も悪くなかった。銀行からは一定程度の補助がでるが、全額ではなく差額は自己負担しなければいけない。

「ちょっと高い気もするけど……ここでしか買えないもんね」

日奈子はそう言って、契約書にサインすることを促した。英語でのやり取りに不安もあったが、スタッフは日本語対応もしてくれた。

免許を取ったからといって、すぐに運転ができるわけではなかった。最初は、俊介が運転し、日奈子は助手席に乗った。次に、俊介が助手席、日奈子が運転席。さくらは後部座席で静かに見守っていた。

「ママ、がんばって!」

さくらのその一言が、どれだけ心強かったか。スーパーまでの片道5分の道のり。日奈子の手には汗が滲み、ブレーキはぎこちなく、ウィンカーは何度も逆になった。それでも帰ってこられた。無事に、自分の力で。

「ママ、かっこよかったよ」

そう言ってくれたさくらの笑顔に、日奈子はようやく肩の力を抜いた。

「強くなれたかどうかは、わからない。でも、ここで止まりたくはない」

日奈子はそう言って、ハンドルを握った。運転席に座れなかった日々は、ようやく終わりを迎えた。

だが、新しい挑戦は、これからも待っている。

(続きはこちら)第六章:心のひび割れ