この街には、誰の名前も刻まれない。
誰にも見られず、誰にも必要とされず──それでも、歩き続ける人たちがいる。
努力しても報われなかった詩織。
努力すらせず、逃げ場所としてこの街に立っていた謙一。
二人は、違う形で同じ場所にいた。
愛していたのかもしれない。
でも、愛しているふりをしていただけなのかもしれない。
「愛されたい」という言葉も、本当はただ「自分を肯定したい」だけだったのかもしれない。
ニューヨークは、誰にでも開かれている。
同時に、誰に対しても何もしてくれない。
この街にいた時間が、誰の記憶にも残らなかったとしても──
その時間の中で確かに息をしていた人間がいたなら、それだけで十分だと思う。
夜のミッドタウンで、ビルの谷間に風が吹き抜ける。
ネオンの下を足早に通り過ぎる人々の中に、もう二人の姿はない。
けれど、あのとき交差した人生は、確かにこの街のどこかに残っている。
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