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第4章 #友達できたって投稿しただけ

「久しぶりに、友達とランチしてきました♡」

インスタにそう投稿した写真には、笑顔の私と、向かいの席に座る女性の後ろ姿。
白いテーブルクロスの上にはシャンパンとサラダ。画面の中だけは、華やかだった。

でも、実際には——友達なんて、できていない。

DMで声をかけてきたのは、『さえさん』という、少し年上の駐在妻。NY駐在2年目、夫は商社勤務。うちの夫と業界は同じだけれど、会社は違うし、夫同士の接点もなかった。

さえさんのインスタには、マンハッタンの風景と自然な笑顔が並んでいた。
ブランドを見せびらかすでもなく、あざといポーズもない。
それなのに、どこを切り取っても『洒落てる』雰囲気が漂っていた。

なにこの人。同じ駐妻でも、なんか違う。

知らないうちに、少し嫉妬していた。

待ち合わせ場所は、ウエストビレッジの「Buvette」。
パリのカフェのような、白タイルの壁にアンティーク調の照明、小さな丸テーブル。
NYの駐妻たちが『絶対に1回は写真を撮る場所』だった。
その空間に今、自分がいる。

「こんにちは〜、優香さんですよね?」

現れたさえさんは、Tory Burchのトートバッグにベージュのセットアップ。
ゴールドのピアスを控えめにつけ、柔らかな笑顔を浮かべていた。

「写真撮るなら、この角度が映えますよ〜」

言われるままにスマホを構えると、彼女は自然に頬杖をついて微笑んだ。
私はその隣で、ぎこちない笑顔を貼りつけた。

「シャンパン、頼みません? 映えるし、昼からの贅沢って素敵じゃないですか♡」

「いいですね。ぜひ」

確かに、グラスがあるだけで写真の締まりが違う。
乾杯の瞬間、私はスマホを動画モードに切り替えて、カメラに向かって手を振った。

「今日はお友達と、マンハッタン・ランチでーす♡」

『お友達』。まだ一言しか交わしてないのに。

料理が届いても、すぐには食べなかった。
お互い10分以上撮影に費やして、ようやくフォークを手に取った。

けれど、さえさんはサラダを少しつまんだだけで、あとは手を止めていた。
私も、パンの端を少しほおばって終わり。
本当はお腹が空いていた。でも、『食べる』ことより『撮る』ことの方が重要だった。

「またLINEしますね」

帰り際、さえさんは微笑んでそう言った。
手は振ってくれたけれど、心の距離は、最後まで縮まらなかった。

帰り道、私は地下鉄に乗った。
グラフィティで汚れた壁、金属のきしむ音、むっとするような排気のにおい。
昼間の優雅な空気なんて、もうどこにもなかった。

部屋に戻ると、すぐに写真を選んだ。
白いワンピースに、自然光を浴びながらシャンパンを持つ自分の横顔。
さえさんの姿が映らないよう、構図を慎重にトリミング。

【Today’s Lunch】
NYで素敵な出会いがありました♡
価値観の合う友達って、年齢も職業も超えてつながれるものなんですね。

 #NY駐妻ランチ #マンハッタンカフェ #シャンパンランチ #友達できたかも #キラキラカップル

コメント欄には、日本人だけじゃなく日本からの憧れコメントも並んだ。

《こんな生活に本当に憧れます…!》
《NYで友達ができるなんて素敵すぎる》
《将来、私もこんなふうになれたらいいな…》

画面をスクロールしながら、心の中でつぶやいた。

——これは現実じゃない。

でも、誰もそのことには触れない。
『憧れ』の中にある『嘘』は、むしろ歓迎されるものなのかもしれない。

翌日、天気は快晴。動画の撮影日だった。

セントラルパークのベセスダ・テラス。噴水の前に三脚を置き、雄大と手をつないで歩くシーンを撮った。
後ろでは黒人のバイオリニストが情熱的に演奏していて、シャボン玉のパフォーマーもいた。

「音入れたいよね、この演奏。著作権とか平気かな?」

「BGMじゃなくて『環境音』なら大丈夫。雰囲気出るし」

大型犬がリードなしで歩き、芝生には読書する人たち。LULU LEMONのウェアを着た女性ランナーが、木漏れ日の中を颯爽と駆け抜けていく。

「ゆーちゃん、ビル群が木の間から見えるポイントで、もう1カットいこう」

「オッケー。ハートマークもまたやる?」

「うん、やっぱあれは入れなきゃ♡」

お決まりのポーズ。


サングラス越しに笑顔をつくり、手を合わせてハートを描く。撮影は順調だった。見た目だけは。

その夜、編集した動画をYouTubeにアップした。

【NY生活】朝から幸せすぎるセントラルパーク♡理想の休日ルーティン!

ナレーションも日本語で丁寧に吹き込んだ。

「今日はニューヨーカー気分で、LULU LEMONのウェアに身を包んでみました♡」
「ベセスダ・テラスの噴水、音楽のパフォーマーもいて癒されます〜」
「都会の喧騒を忘れられる、私の癒しスポットです♡」

コメントはすぐについた。

「素敵すぎて、人生変えたくなりました」
「夫婦でこういう生活、憧れます♡」
「まさに理想のNYライフですね!」

その画面を見つめながら、スマホを手にぎゅっと力が入る。

でも現実は——
行きも帰りも地下鉄。
トレーニングされた犬のような優雅さなんて、私にはない。

誰にも知られないし、言うつもりもない。

次の日、自宅のリビングでワンピースに着替え、シャンパンを片手にセルフ撮影をした。
カメラに向かって、首をかしげて微笑む。

【Evening Moment】
今日もよく頑張った、自分に乾杯♡
#おうちシャンパン #NYライフ #キラキラカップル

でも、実際は何も頑張っていなかった。

むしろ、ずっと疲れていた。

(続きはこちら)第5章 SNS病、発症