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第5章 SNS病、発症

「昨日の投稿、ちょっと伸び悪いな……」

ベッドの上でスマホを見つめながらつぶやくと、隣にいた雄大が小さく笑った。

「十分すごいと思うけどね。『いいね』200件くらい、ついてるんでしょ?」

「うん。でも、前回の『セントラルパークの朝』は350件だったから」

「……それって、比べるものなの?」

雄大のその言葉に、小さくため息が漏れた。

わかってる。自分でも、少しおかしくなってるって思う。

でも今の私は、数字でしか自分の存在を測れない。

投稿してからの30分が勝負。
いいねの数、保存数、コメント数、リーチ数。すべてをリアルタイムで見て、心が上下する。

特にコメントの返信は、気を遣う。

「可愛いですね♡」には、「ありがとうございます♡NYの風を感じてます〜」
「憧れます♡」には、「日々大変だけど、こうして言ってもらえると励みになります!」

テンプレっぽくならないように。でも、重くなりすぎないように。
『いけてる返し』をするのに、頭を使いすぎて、指先がじんわり汗ばむ。

なのに、駐妻会で出会った『仲間』たちは、私の投稿にほとんど反応を見せない。いいねも、コメントもない。

まるで、私の存在ごとミュートされているみたいだった。

代わりに、他のNY在住インスタグラマーやYouTuberの投稿を執拗にチェックするようになった。

どこに行っているか、何を着ているか、どういう言葉で『映え』を作ってるか。
タグの順番や改行の仕方、投稿時間まで。

本当は『よくない』って思ってるのに、必死にいいねを押す。
無言でアピールして、フォローバックを狙う。

誰よりも早く、誰よりも多く。

SNSの世界では、「気づかせること」が存在証明だった。

新しいカフェがオープンしたと聞けば、即、向かう。
マンハッタン中の話題のスポットを、誰よりも先に、誰よりも『それっぽく』訪れる。

「新店舗OPEN♡さっそく行ってきました!」
「今週の新作ドリンク。映えるし美味しいし、神♡」

でもその裏では、寒空のテラス席で冷えたドリンクを手に震えていた。

編集スキルも上達していた。
Canva、VLLO、CapCut。動画編集、色調補正、サムネイル作成、ナレーション挿入。
まるでフリーランスの動画クリエイター。

でも、その進化の先に『誰もいない』気がしていた。

料理動画も始めた。

「今日の夜ごはん♡」
「NYで作る、日本の家庭の味」

……と言いながら、実際の夕食は冷凍うどんと残り物。

でも、写すのは演出されたメニューだけ。
照明を調整し、角度を工夫し、『生活感のある美しさ』をつくる。

動画ではにこやかに盛り付けしている自分。

その数分後、ソファに崩れ落ちて、深いため息をついていた。

ふと、日本にいた頃の自分を思い出す。

あの頃もインスタはやっていたけれど、フォロワーは少なくて、
顔出しもして、メイクも適当で、タグすらつけてなかった。

ただ、友達に「これ楽しかったよ」って見せたくて投稿していた。

海に行った日、ラーメン食べた日、サークルの飲み会。
心から笑ってるだけの写真。

コメント欄には、

「化粧濃いって」
「髪切った方がよくない?」
「お前、また太った?」

なんて、遠慮のない言葉が並んでいたけど、それが不思議と心地よかった。本当に心配してくれる友達は、SNSじゃなくて電話をくれた。

泣いてたら、黙って通話をつないでくれた。

「優香が変な方向に行かないか、心配なんだよ」

あの頃は、演じなくてもいい場所があった。
今は……どこにもない。

夜。雄大がキッチンで食器を洗いながら言った。

「昼間、電話したけど出なかったよ」

「編集してた。通知オフにしてた」

「……俺以外の通知は全部ONなのにね」

その声は、静かだけどトゲがあった。

何も言い返せなかった。

今の私は、『雄大の妻』じゃなくて、『キラキラカップルの片割れ』としてしか存在していないのかもしれない。

その夜、投稿したのは動画ではなく、1枚の写真だった。

照明を落とした寝室で、キャンドルの灯りの中、グラスを持つ自分の横顔。

【Evening Glow】
忙しい日々の中でも、自分を忘れないように。
#NYライフ #夜のリセット時間 #心と向き合う瞬間

でも実際は、心と向き合う余裕なんてどこにもなかった。

画面を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。

「……SNS病って、本当にあるんだね」

そしてまた、誰かに『見せる』ための自分を作り始めた。

(続きはこちら)第6章 あの子は消えた